東京キララ社オフィシャルコラム

辻幸雄コラム

辻幸雄

藤井良樹

PROFILE

辻幸雄
1949年10月、岐阜市生まれ。 高校卒業後、地元消防本部勤務。10年ほどで退職後、消防設備業・風俗営業等を経営。 ブルセラショップを立ち上げ、1993年、数百人の現役女子高生をビデオ出演させたとして、職業安定法違反で逮捕。 メディアにより大々的に取り上げられ、社会問題化した。出所直後からビデオ制作再開。以降、逮捕・服役を繰り返し、猥褻界の「帝王」として多くの伝説を残し続けている。

藤井良樹
ルポライター/漫画原作者/編集プロデュース。
■漫画原作『TWO突風!』『ガキ警察』(漫画/旭凛太郎 )
■著書『女子高生はなぜ下着を売ったのか』『キャバ嬢「給与明細」のヒミツ』『新世紀のリアル』(宮台真司・中森明夫共著)
■編集企画/『プリズン・ガール』(有村朋美)『ファイト!』(武田麻弓)、など。

第1回 『ブルセラ前夜の懲役』

October 10. 2014 02:21 PM

猥褻するは我にあり ~帝王・辻幸雄の犯と罰~

第1回 『ブルセラ前夜の懲役』


 

はじめての刑務所は楽でした。

「あらっ!?」という間に入れられて

おかげで逮捕にも懲役にも

ビビらなくなっちゃった。


 

刑務所に最初に入ったのは道路交通法違反です。

三十三歳のときですか。

そのあと前科十六犯も喰らって、十回も逮捕されて、九回も刑務所入るなんてねえ。

あははは、まさか、思ってもみなかったです、はい。


 


 

私、二十九歳までは地元・岐阜県で消防士をやっておりました。

ええ、ごくごくまじめな地方公務員だったんです。

それが当時大流行のゲーム機・スペースインベーダーの商売に手を染めまして。

消防士の1カ月の給料が本当にたった1日であっさり稼げちゃう。

けど当然ながら地方公務員は副業禁止です。

なので消防士やめまして、

一発大勝負しようと2億円借金してスペースインベーダー350台買い付けて、

地元の白馬スキー場のホテルやペンションに置いてもらったんです

そしたらですねえ、なんとその年、数十年ぶりの暖冬で、雪がまったく降らなかった!

雪のないスキー場にお客さんが来るわけありません。

350台のゲーム機があれば一週間で3000万円売上げが出る計算だったんですけどねえ。

大借金を背負いました。

その借金を返すために、次に消火器の訪問販売グループを立ち上げました。

〝日本消防設備協会〞です。

私、一応は元・消防士ですからね。

「消防署のほうからきました」というのも、まぁ、嘘じゃない……。

全国に訪問販売グループ網を築いて、3年でスペースインベーダーの大借金を完済しました。

消火器の訪問販売では全国で三本の指に入るほどの規模だったんじゃあないでしょうか。

 

〝消火器の帝王〞――?

いやぁ、そんないいもんじゃあないです。あの頃、まだ訪問販売法も整備されていなかったんで、

いっちゃあなんですけど、ボロい商売だったんです。

でもその訪問販売法がうるさくなってきたし、グループ内で抜け駆けする連中も増えてきたりで、

借金完済を機にやめちゃいました。


 


 

それで次にノーパン喫茶をはじめました。

え? それこそ風俗営業法違反じゃないのかって?

はい、まぁ、そう言われればそうなんですけれど、

まぁこれも当時はとても風営法がゆるかったんです、あはははは。

店名は『ノーパン喫茶 エイティーン』。

それでまた、これも当たりましたねえ。

けどその頃、風俗営業法が改正になりまして、このままだと違法になって摘発されちゃう。

まぁもともと限りなく違法に近い非合法なんですけどね。

このスペースインベーダー時代、消火器訪問販売グループ時代、ノーパン喫茶時代については、

あとの章でまたくわしく話しますね、はい。


 


 

それで、道交法違反で逮捕――起訴――懲役――収監のフルコースを喰らったのが、

ちょうどこの頃、ノーパン喫茶経営をやめるかやめないか迷っていたです。

免停中に酒気おび運転で捕まっちゃって。

今なら酔っ払い運転は特に厳しく罰せられるようになりってますが、

その当時はまだまだゆるかったんですよ。

だから、いくらなんでも一発で実刑はないだろう、

どうせ執行猶予だろう、なんて甘く考えちゃったんですねえ。

それで裁判になったんですけど、身元引受人もつけず、情状証人も出さずに裁判しちゃっんたんです。

そうしたら、そんな態度が良くなかったのか、なんと一発で実刑。

いきなり刑務所行きになっちゃいました。

懲役四カ月。

本当にですね、まったく予想もしない一発実刑だったんです。

周りの人間はみんな、「絶対に執行猶予がつくから問題ないよ」

なんて言ってくれてましたから。それが蓋を開けたら一発実刑。

「あちゃぁ~」って感じですかねえ。

けど、う~ん、どうなんでしょうか。

刑務所行きに大ショックうけるとか、裁判官に対して怒りがわくとか、

人身事故でもないのに判決が不当に重すぎると腹が立つとか、

そういう気分には、まぁ、ならななかったですねえ。

自分が免停中なのに運転しちゃった、しかも酔っぱらってね、

つまり自分が悪いことは間違いないわけですから、ええ。


 


 

このときは留置所にも拘置所にも入れらず、

裁判所で判決が出た半月後に、シャバからそのまま刑務所に直行でした。

入ったのは岐阜刑務所です。

その移送のときに、生まれて初めて両の腕に手錠をかけられましたね。

やっぱりそりゃあ妙な気分でしたよ。

でもまさか、このあと、何度も何度も手錠かけられ、

何度も何度も刑務所に入るようになるとは思いもしませんでしたけどねえ、はい。

岐阜刑務所に収監されていたのは二カ月と二十日間です。

仮釈放を四十日分もらいましたから。

刑務所初体験の感想? はい、正直に言いますね。

「楽ちん!」 「刑務所って楽なとこだなあ……」

――って。あははは。


 


 

配置されたのが焼却炉でゴミを燃やす仕事だったんです。

刑務官も見張ってないし、ただボーッとゴミ焼いてりゃいいだけだったんです。

本当に、この最初の逮捕、刑務所行きについては、

特にこれといった記憶も感想もないんですよ。日数も短かったですし。

ただ、一回経験しちゃったことで、

逮捕やら裁判やら刑務所やらにビビらなくなったのはありますかねえ。

「刑務所、たいしたことねえなあ」なんて。

ええ、だから、その後のシャバと刑務所を行ったり来たりする人生を考えれば、

この第一回目の逮捕と収監がよくなかったのかもしれません。

ええ、ええ。


 


 

ホテトルで8億稼いで二度懲役。

「出たらまたやるぞ!」

はい、逮捕された瞬間から

そう思ってました。


 


 

そのあと、二度目の逮捕が三十五歳のときです。

ノーパン喫茶を閉めて、酔っ払い運転で一度目の刑務所入ったあとに、ホテトルをはじめまして。

そのホテトル経営による売春防止法違反です。

周旋と契約の罪。三重刑務所に懲役一年二カ月。

なにしろこの二度目の服役の三重刑務所はキツかった。

三重刑務所は主に初犯の囚人が多い刑務所でした。

元々は少年刑務所だったみたいです。

だからなのか、やたらと規律に厳しい刑務官が多いんです。

例えばですね、所内を歩かされるときも、他の刑務所なら普通に歩いてりゃ文句言われないんですが、

三重はそれこそビシッと行進しないと、すぐに「コラーーッ!!」って怒鳴られます。

点検など細かいところもイチイチ厳しかった。

刑務官というより〝教官〞って感じなんですかねえ。

少年刑務所あがりなだけにね。それに、刑務官が厳しいと、

〝懲役〞同士もいがみあうようになっちゃうんです。

〝懲役〞ってのは、服役者、囚人のことです。

〝懲役〞の間に先輩後輩の上下関係があったり、いじめがあったり。

本当にくっだらなかったですねえ、はい。


 


 

一度目の岐阜刑務所がむちゃくちゃ楽だったぶん、二度目の三重の厳しさにはほとほと参りました。

「しまったな~」「エラいところに入っちゃったな~」って感じです。

ただ、いくらどれだけ刑務所暮らしがキツくても、

「もう二度と塀の中に落ちるようなことはしない」なんてことはですね、全く考えませんでした。

出たら、またすぐやろうと思ってましたから! 

逮捕された瞬間から思ってましたから!

「次は絶対パクられない」「次は絶対うまくやるぞ」って。

ただよくよく考えたらですね、次はうまくやるぞってどれだけ決意しても、

うまくやる方法なんか実はないんです。

絶対に逮捕されない方法は……ねえ……ずばりいいましょうか?

ない!

ないんです。

ないんですよ、そんなものは!!


 


 

なんかうまいやり方があるんじゃないか? 

なんか警察のウラをかく秘策があるんじゃないか?

散々考えました。もう散々考えましたよ。

ホテトルの経営者名義を他人にするとかを始めとして、どこかに、どこかにね、

うまい法の抜け穴はないかって。

そりゃあねえ、本当に考えぬきましたよお~。あはは。

でも……警察はやっぱり甘くない!!

なのにですね、捕まった瞬間、パクられた直後、両腕に手錠嵌められたそのときからもう、

「また次!」 「次こそはうまくやる!」

って思っちゃってる自分がいるわけです。いったいなんなんでしょうかねえ。

あははは…………。


 


 

刑務所内ではそりゃあ毎日、反省の日々です。

でもそれは犯した罪の反省じゃない。

悪いことしたな、今度こそ真面目に、まともになろうって反省じゃないんです。

「なんでパクられちゃったんだろう?」――――って反省なんです。

「次は絶対にパクられないぞ!」――――っていう反省なんですよ。

刑務所の中の連中はみんなそうじゃないですか。

私が実際にそうでしたから。

何度もいいますが、一発目にパクられたときも、出たらまたすぐホテトルやろうと思っていました。

それで、その通り、出てすぐやりました。

そして、すぐパクられました。


 


 

ホテトルは連日連夜、それこそ早朝から深夜までまったく休みなしで営業してました。

50人はホテトル嬢を雇って一日150万円、一カ月4500万円は売り上げてましたね。

そこからホテトル嬢に払うギャラ、ビラ子(ビラを撒くアルバイト)へのバイト代、

事務所の家賃、十三回線引いていた電話の電話代、ビラの印刷費、

さらに地元の暴力団へのみかじめ料、そんな諸々の経費を引いても、

実質毎月2500万円の利益はありました。

一年六カ月の経営期間で8億円は売り上げて、4億円近くは利益あげたんじゃないですか。

〝ホテトルの帝王〞……?

いや、ほんとにもう、そんな偉そうなもんじゃないんです。

ただでも逮捕されたときには、地元の新聞に、

<日本最大のデートクラブ摘発>の見出しで社会面に7段組みの記事にはなりました。

このあと、何度も何度も何度も逮捕のたびにテレビや新聞を賑わせてしまうことになるわけですが、

思えばこれがマスコミ・デビューでしたねえ。あはは。


 


 

このホテトル時代についても、あとの章でたっぷりくわしくお話しさせていただきます。

どれだけ稼いで、どれだけ使って、どれくらいヤクザにカジられたかまで、すべて。


 


 

それで逮捕されたとき、手元に残ってた現金はだいたい5000万円くらいでした。

8億稼いでたのにねえ、はぁ……あははは。

その5000万円から国税局に3500万円とられました。

税金を一切払ってなかったから仕方ないんですけどね。

残った現金1500万円。

懲役一年二カ月を終えて出所してから、それ元手に、すぐもう一度、ホテトル商売やりました。

はい、それでまた、すぐ逮捕されました。

季節は冬、12月でしたねえ。

再び、売春防止法違反・周旋と契約の罪です。

三重刑務所から出所してまだ四カ月しかたっていませんでした。

そのときの気持ち?

「え~、もうパクられんのかよ~」 「早いじゃねえかよお~」

そんな感じですか。特に落ち込みはしなかったですねえ。


 


 

いや、そりゃあ、またやったらまた逮捕されることは重々承知していました。

ただ、もうちょっと長く続けられるとも思ってたんです。

う~ん、短くても一年、うまくいけば前と同じ一年半くらいは続けられると思ってました。

今度は無駄使いもできるだけやめて、さらに国税局にもどうにか見つからないようにすれば、

前ほどは荒稼ぎできなくても、一年ちょっとあれば数千万から1億、うまくいけば2億、

それくらいの現金は残せるんじゃないか……なぁんて考えたんですよねえ。

それだったらまた2年か3年懲役喰らっても、出てきてからその金を元手に、

またなにか新しい商売やりゃあいいや、なぁんて思ってたんです。

それがね、まさかね、たった四カ月でパクられちゃうとは…………。

結局、二度目のホテトル商売は、ほぼ利益ゼロでした。

1500万円のはほとんどを初期投資につぎ込んで、さぁこれからってときに逮捕ですから、

全然稼げませんでした。

甘かった。ほんっとうに、甘かった、ですねえ。


 


 

いや、何度も言うようですけど、

ホテトルをやれば、また逮捕されることは充分覚悟してましたよ。

「俺だけはパクられない」なんていう楽観主義なんかじゃあないんです。

末期癌の宣告を受けた患者さんじゃないですけど、いつか死ぬってことは自覚してるんです。

でも死ぬ日が決まってるわけじゃない。

たとえば余命三ヶ月っていわれても、一年も二年も生きる人もいるわけですし。

「だったら死ぬまでとことんやってやろうじゃあねえか」

「行くとこまで行ってやろうじゃねえか」

そんな感じですか。

しかも末期癌患者と違って、本当に死ぬわけじゃあない、刑務所に入れられちゃうだけですから。

それにですよ、小さい規模でちまちまやるホテトルなら、

四~五年続けててもパクられないのかもしれません。

でも、そんな細々としたホテトルなんて意味ないですから。

堅実に違法行為なんかをやっても意味ないじゃあないですか? 違いますか? 

違いますかねえ……。


 


 

独居房は私の作戦室。

新聞雑誌を読みこんで、

シャバでの次なる商売を

ひたすら考え抜くんです


 


 

そうして二度目の売春防止法違反、道交法違反から数えて三目の名古屋刑務所の中で、

私はいろいろ考えたわけです。

またホテトルやったら、すぐまたパクられるぞ。じゃあ次は何やろうか?

消防士を辞めてから、スペースインベーダー、消火器訪問販売、ノーパン喫茶、そしてホテトル。

これらの商売の間で、いいときは何億も稼いで、悪いときは何億も借金背負って。

楽しい思い、美味しい思いもいっぱいしましたけど、でも従業員や女の子、

商売相手に裏切られたりも散々っぱらありました。

ヤクザにかじられるのも、いい加減うんざりでしたし。

だから今度やる商売は、なんか一人でひっそりやれる商売がいいなぁ、なんて考えてましたねえ。

はい、じっくり考えました。次はいったい何を、どこで、どうやってやろうか。

だって刑務所は考えごとをするには最適の場所ですから。


 


 

なにしろ刑務所はですねえ、いろいろ規律に縛られ、時間に拘束されているようでも、

ほんとうに考えごとをする時間だけはたっぷりあるんです。

私なんかですね、シャバにいる最中はゆっくり考えごとをすることなんかまずない。

仕事! 仕事! 仕事! です。

なにしろ目の前の仕事に没入しちゃいますから。

ゲーム時代ならゲーム! ゲーム! ゲーム!

消火器訪問販売時代は消火器! 消火器! 消火器!

ノーパン喫茶時代はノーパン! ノーパン! ノーパン!

ホテトル時代はホテトル! ホテトル! ホテトル!

ブルセラ時代ならブルセラ! ブルセラ! ブルセラ!

ハメ撮り時代ならハメ撮り! ハメ撮り! ハメ撮り!

ハプニングバー時代なら、ハプバー! ハプバー! ハプバー!

もう余分な考えごとなんかしてる暇なんてないんです。

新聞なんかもまぁ読まない。雑誌や本もほぼ読みません。

テレビや映画も観ないですねえ。まぁビール飲むのとおねえちゃんと楽しむ時間だけは

無理やりにでも捻出しますけど、あはは。

けれど刑務所に入ってる間は違います。

夕食後には自由時間がたっぷりあって、読書もできるし、テレビも観れる。

新聞も週刊誌も参考書も法律書も、基本的には何でも手に入るし、何でも読める。

当然酒も飲めないから頭も冴える。

私は独居房を希望し、一人きりで新聞や雑誌にじっくり目を通し、

テレビを観て、ラジオを聴き、本を読み漁ります。

そうやって世の中の動きを知り、世相や流行を徹底的に研究して、

次の商売、次のシノギのネタを探し、考えるわけです。


 


 

刑務所を出所するとですね、出迎えてくれた人たちの多くがいろんなことを言って教えてくれます。

「辻さんが中にいる間にこんな大事件がありました」

「いまこんなに世の中が変わって、こんなことが流行ってるんですよ」なんてね。

はい、大変ありがたいなぁと思いますけれども、実はそういうのは全部知ってるんです。

たぶん普通の人よりもずっと詳しいんじゃあないですか。

毎日毎日、決まった時間にきっちりと、新聞読んで、ニュース観て、ラジオ聴いてますから。

他にすることもないし、シャバの情報にも飢えていますから、集中力が違います

だから、刑務所の中にいるときのほうが、よっぽど世の中の動きに明るいんですよ。

逆に、シャバにいる間は全然世間の動きに疎いです。

まぁ、だからすぐパクられちゃうのかもしれないですけど……あはは。

とどのつまり、自分にとって刑務所の中は作戦会議室。

刑期は作戦タイムなんじゃあないでしょうか。

ビールもない、おねえちゃんもいない、遊びにうつつを抜かすこともない。

刑務所ほどじっくり物事を考えられる場所はないです。

特に独居房は最高の書斎、最高の個人作戦会議室ですねえ、ええ。


 


 

それで、名古屋刑務所の独居房でいつものようにじっくり週刊誌や月刊誌を読み漁っておったんです。

すると、ある男性向け雑誌でとても興味深い記事を見つけました。

<〝使用済み下着・中古制服販売の店〞『R』> ――という記事です。

これはねえ、もう凄い内容でしたねえ。

いろんな風俗やら新ビジネスやら流行りの店やらの記事をたくさんたくさん読みましたが、

これが一番凄いと思いました。記事はこんな感じでしたね。


 

<女の子の履き古したパンティや着古した制服を売るマニア向けの店が、

東京で密かに流行している>


 

<雑居ビル内の狭い店舗に平日で200人、

土曜・日曜はさらにその倍の客が続々と集まってくる>


 

<使用済みパンティは平均1枚3000円。

有名人気女子高の制服上下だと数万円する商品もある>


 

<一度に何枚ものパンティや10万円以上の制服を平然と買っていく客も少なくない>


 

…………なんてね。

私、何度も何度もその記事を読んで、じっくり考えて、思いました。

これは本当に凄いビジネスなんじゃないかって。

まずですねえ、マニア向けの店というのは、それこそ顧客のターゲットがはっきりしてます。

不特定多数の大量のお客さんがいないかわりに、少数でも確実なお客さんが存在してる。

だから、冷やかしのお客さんは少ないはずです。

店に来たお客さんは、まず何か買って帰ろうと思って来てる客なんです。

そういうお客さんが、『R』には毎日200人来店するという。

だったら、少なくともその200人の3割くらいは何かしら商品を買ってくれるお客さんだろう。

使用済みパンティの売値は1枚およそ3000円です。

パンティは直接女の子から仕入れてる。産地直送です。

素人の女の子から買ってるわけで、きっと安く買い叩いてるはずです。

ということは、「使用済みパンティ」の商品原価率はかなり低い。

それでターゲットは少数のマニアの男性客ですから、広告も絞りこんで打てばいい。


 


 

ホテトルを経営してたときは、広告宣伝が大変でした。

その地域のあらゆる男性がターゲットですから、客寄せが大変なんです。

何種類ものホテトル・ビラを大量に印刷して、日給2万円のビラ撒き専門のビラ子を、

毎日2人は雇わなきゃならない。さらに地元ヤクザへのみかじめ料なんかも発生する。

広告宣伝費が本当に物凄くかかるんですよ。

けどマニアのお客さん相手なら、広告はその手の雑誌に絞り込んで出すか、

あとは夕刊紙の三行広告でいい。かなり安くつくはずです。

さらに女の子に関しても、これもホテトルみたいにホテトル嬢を何十人も抱えて管理する必要もなく、

パンティ売りにくる素人の女の子から買い取ればいいだけ。

店にしても狭い店舗、ひっそりした場所で構わない。

逆にそのほうが、お客さんが入りやすくていいくらいでしょう。

店が狭いなら、従業員を雇う必要もない。

商品仕入れから販売、広告宣伝まで、全部自分ひとりでできる。

「これだ!」と思いました。本当に「これだよ、これ!」と思いましたねえ。

「こりゃ絶対儲かるに違いない!」「このパンツ売る商売やろう!」

ついに俺が望んでた商売を見つけたぞって。

そのとき、手元に残ってた現金は180万円だったんです。

でも、ブルセラ商売なら180万円ではじめられるんじゃあないか、とね。

独居房の中で、ひとり思わずガッツポースしたい気持ちになりましたねえ。

本当に、ピカッと光るお宝を発見した気分でした。嬉しかったですよ。

えっ? 

「ホテトル時代の8億円があればなぁ」……って思わなかったっかって?

う~ん、どうでしょう、いや、まったく、思わなかったですねえ。

だって、もう手元にないんだからしょうがないじゃないですか?

違いますか?

それにそれまで何度も何度も天国と地獄を見てきましたから。

あ、いや、別に地獄は見てないかぁ。

借金したりパクられたりしただけのことですから、はい。

とにかく、180万円しかねえんなら180万でできる商売やりゃあいいじゃん。

180万円を何倍、何10倍、何100倍にすりゃあいいだけだろうって。

ホテトルで日本一になれたんなら、次はブルセラで日本一だ!

なんてね、あははははは。


 


 

そして、名古屋刑務所での一年二カ月の懲役を終えて、

生まれ故郷の岐阜とはおさらばし、一路東京を目指しました。

すでに三度も刑務所出入りした前科者がですね、

世間からすればほんとうにふざけた話でしょうけれども、

大いなる希望に満ちあふれて、晴れ晴れとした気持ちで上京したわけなんです。

東京で、パンツで、また一旗あげてやろうと。

ええ、ええ。


 


 

<連載第1回 『ブルセラ前夜の懲役』 おわり>

 


 

【次回予告】

たった180万円を握りしめ、東京でブルセラ商売を開始した〝帝王〞――。

「使用済み下着の販売」を皮切りに、「下着モニター一般募集」「本人着用証明写真付きパンティ」

さらには「本人写真付きマンタク」、「本人パンティ着脱証明ビデオ付き使用済み下着」……

と次々にアイデア商品を連発して大ヒットさせ、瞬く間に月商数百万円へと大成長させていく。

しかしまた、そこには新たな〝落とし穴〞が……。

次回、連載第2回『ブルセラ商売大繁盛』、ご期待ください。

 

東京キララ新聞社

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